http://saradakann.xsrv.jp/y_key_1456d36d458ffacd.html

現代小説 更新中

「しのぶ毛の国二子塚(ふたごづか)」

「しのぶ毛の国二子塚(ふたごづか)」



画像の説明


日本に縄文時代以前の時代があったことを初めて証明した、岩宿遺跡です

大人の「上毛かるた」(12)※岩宿遺跡

読み札(し)・「しのぶ毛の国二子塚(ふたごづか)」

発見者の、相沢氏です



 群馬県は、奈良、宮崎と並ぶ古墳県です。
その数、8000余り。
有名なものとして、前橋市総社町と
旧勢多郡荒砥町の古墳があります。
また太田市には、関東最大の前方後円墳と
全国2位の帆立貝形古墳があります。

記念の石碑です

 ここでよまれている二子塚(ふたごづか)は、固有の地名ではなく
これらの古墳の総称として使われています。


 こうした古墳からいくつか紹介したいのですが、本編は別の方向へ向かいます。
古墳時代よりもはるか昔、縄文時代以前の「岩宿遺跡」の発見が
上毛カルタから、抜けているのです。

 岩宿遺跡の発見は、1949年(昭和24年)。
上毛かるたの完成は、もっと前のことで2年前の、
昭和22年に完成しています。
したがって歴史的発見といわれた「岩宿遺跡」は、
上毛かるたの中に、影も形もありません。

s_s_DSCF8222.png

 「縄文時代より、さらに古い時代が有った!」
岩宿の発見は、考古学界におおきな衝撃を呼びました。


 今日の上毛かるたは、
「しのぶ毛の国、岩宿遺跡」のはなしです


 第二次世界大戦のころまで。
考古学者たちは発掘をすすめて、赤土がが出てくると、
「地山」と呼びそれ以上の、発掘をしません。
赤土というのは、関東ローム層のことです。

s_s_DSCF8223.png

 土器を使っていた縄文時代の人々が
日本の最初の住人たちだと考えていたからです。
縄文人は、関東ローム層の上で生活していました。
こうした考古学の常識を覆し、関東ローム層の時代に
人類が生活していたことを明らかにしたのが、
岩宿遺跡の発見です。

 笠懸町(現みどり市)の琴平山と稲荷山という丘陵の
切りとおしの道に、岩宿遺跡があります。
発見したのは、相沢忠洋氏。
1946年(昭和21年)。
剥き出しになった関東ローム層の地層の中から
石器を発見したことがはじまりです。


ローム層の断層が残る部分は、今はこうしてドームを作り保護されています。かつては、むき出しのままでした

昔のままの、切りとおしです

 1949年の夏。赤土の中から石槍が発見されます。
これをきっかけに明治大学と相沢氏による、本格的な学術調査が始まります。


 この年の10月。関東ローム層のなかから、次々、石器が出土します。
何度も繰り返された発掘調査の結果。
2万年から3万年前、ここに旧石器文化の時代が存在したことが明らかになります。
これが「岩宿」の発見です。
縄文時代よりも古い旧石器の時代があったことが、はじめて証明されました。


 岩宿遺跡発見の最大の功績は、古代史の研究に新しい扉をひらいたことです。
縄文時代よりもさらに古い時代があったことを発見したことで
古代史の研究が、あたらしい時代を迎えます。


古代ハスの向こうに見えるのは、現在の岩宿博物館です


 何気なく散策していた、カタクリが群生していた
この切り通しの小路から、
日本最古の歴史の証拠が出てきたのです。

博物館の遠景です



 岩宿遺跡のある笠懸は父が生まれた村です。
当時は人口8000人足らずの、ちいさな農村でした。

全景です



「笠懸」の名には、由来があります。
狩りの帰り道。この地を通りかかった源実朝が家来の笠が
風に吹き飛ばされ、地面を転げるのを見て、馬上から弓で射って見よと
言ったのがはじまりといわれています。


 流鏑馬(やぶさめ)は、馬上から水平に的を射抜きます。
笠懸(かさかけ)は、馬上から、地面に置かれた的を狙います。
いずれも、馬上からの弓術です。


 岩宿遺跡のある、切り通しを西にぬけると鹿田沼(しかだぬま)
という大きな、湧水の沼があります。


こちらも、復興のシンボル、カタクリの花です

s_s_DSCF2462.pngs_s_s_s_s_DSCF2465.png


 笠懸には、「鹿」の地名がたくさんついています。
鹿・鹿田・鹿の川(かのかわ)・前鹿田・西鹿田など、たくさんの鹿の地名が出てきます。


 農耕の時代がはじまるはるかな昔。
ここへ住み着いた先住民たちは、鹿を追い、暮らしをたてていたのでしょうか・・・


 あれ?・・・そうすると私は、
農耕民族の末裔ではなく、石の矢じりや石の槍を持って、鹿を追いかけていた
3万年前の狩猟民族の末裔ということになるのかな?


 真偽はともかく、こちらの写真は
琴平山と岩宿遺跡の周辺で撮った、カタクリの様子です。
わたくし、鹿は捕りませんが、カタクリは撮ります(笑)


s_s_s_s_DSCF2466.pngs_s_s_s_DSCF2473.png

かつては、いたるところで自生していたかたくりですが、乱獲のために絶滅寸前になりました。復活したのは、ごく最近の出来事でした


大人の「上毛かるた」 へもどる

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional