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「ねぎとこんにゃく下仁田名産」

「ねぎとこんにゃく下仁田名産」

大人の「上毛かるた」(24)下仁田町

読み札(ね)・「ねぎとこんにゃく下仁田名産」



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 まずは「下仁田」ネギのはなしです。


 白い部分の長さが20㎝余り。直径が6㎝から9㎝のものもあります。
下仁田ネギについての由来は明らかでありません。
文化2年11月8日付で、『ネギ200本至急送れ、運送代はいくらかかってもよい』
という趣旨の、江戸大名のものと思われる名主宛の手紙が残っています。
当時すでに下仁田ネギが栽培され、珍重されていたことがわかっています。
下仁田ネギが、別名「殿様ネギ」と呼ばれるのはこのためです。


 下仁田ネギは他のネギに比べ、ネギ特有のタンパク質(ミューシン)と、
香辛料(硫化アリール)が3倍含まれています。
ビタミンBとCも豊富です。
生では刺すような辛みがあります。
煮る、焼くなどすると短時間で柔らかくなり、特有の風味と甘みが出ます。
とろけるような舌触りと味わいは、ネギの中で最高のものといえるのです。
一度覚えた味覚が、江戸の大名をとりこにしてしまったのでしょう。


 明治以前は主に旧下仁田町周辺の農家が、自家消費を中心に栽培していたようです。
平地で栽培されるようになったのは、明治に入ってからです。
大正時代に入り現在の主産地である、下仁田町馬山地区で盛んになりました。


 「ねぎとこんにゃく下仁田名産」と上毛かるたに詠まれたことから、
知名度が高くなりました。
これにともない、群馬と長野の農事試験場が栽培試験をてがけましたが、
長野では育ちが悪く、群馬(前橋)では育ちすぎて、葉が硬直するなど食べ物にならず、
結局「下仁田ネギは下仁田におけ」という結果に終わったといういわれもあります。


●奇岩で知られる妙義山
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 つづいてもうひとつの名物、こんにゃくを紹介します。
下仁田町でなぜ、こんにゃくが盛んに栽培されるようになったのでしょうか?
それには下仁田特有の地形と気候が、関与しています。


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 下仁田町は山間の河川に沿って、集落が点在しています。
畑も、山の斜面地を利用した段々畑が多い。
この条件が、良質のこんにゃくを育てるのに
適しているのです。
こんにゃくは強い日差しを嫌います。
山間で日照時間が短い下仁田には、ピッタリです。


 こんにゃくは排水の良い所を好みます。
下仁田の畑は山の斜面。
そのため水はけは、すこぶる良好です。

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 こんにゃくは天災に弱い。
下仁田は山間にあるため、からっ風も平坦地より穏やかで、
台風などによる水害も少ない。


 水車小屋で、こんにゃくの製粉をする。
下仁田の河川は幅が狭い。そのため流れが速く、
水車がよく回る。
などの理由が考えられます。
現在ではこんにゃくの品種改良が進み、平坦地での栽培も
容易になり、産地が拡大しています。


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 私が育った桐生から下仁田まで、2時間以上かかります。
惚れて通えば「千里も一里」といいますが、
往復4時間あまりをかけて、下仁田へ通いつめたことがあります。


 すこしほろ苦い、失恋話です。
私より2つ年下で、ちょっとそばかすで、切れ長の目をした、
笑顔の素敵なお譲さんがいました。
そのお嬢さん。出身がネギとこんにゃくで有名な下仁田なのです。


 仕事が終わるのが、午後6時。
そこから車を飛ばして、下仁田の集落まできっちり2時間かかります。
デートするのは、いつも小高い丘の上。


 ある日。彼女のほうから、遠いところまで毎回来るのは大変だから、
高崎で会おうということになりました。
高崎市なら、ほぼお互いの中間点です。
下仁田の山奥でのデートから、高崎の街中でのデートがはじまりました。
しかし。何度かデートを重ねているうち、致命的な失態をしてしまいます・・・


 高崎の丘陵地に、白衣観音様がたっています。


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 この観音様。慈悲深い事で有名です。
ですが例外的に、若い男女がここを訪れると、大変な「やきもち」を焼きます。
そんな馬鹿なと誰もが思うのですが、「恋人と必ず別れることになる」という迷信が
ここには昔から有るのです。
ゆえに群馬県人同士のカップルは、交際中、絶対ここへ足を運びません。
必ず別れることになるからです。
いえいえ、ただの迷信です。昔からただ、そんな風に言われてきただけです。


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 しかし。災いは起きました。
1度ならず2度3度と、人の足元でいちゃついて・・・と、
観音様の逆鱗に触れたのです。
いつの頃からでしょうか、次第に2人の間が遠ざかっていきます。
仲たがいしたわけでも、喧嘩したわけでもないのに・・・


 そばかすのお嬢さんと別れたいまでも、頭の上には、下仁田と観音様の丘で見上げた
おなじ夜空がひろがっています。


 あの頃は天の川が流れ、無数の星が、降るほどにきらめいていました。
いまから、わずか40年前の話です。


 そばかすのお嬢さんは、消えてしまいました。
あの頃と同じように星が見えるのは、風の強い夜と、計画停電の夜だけに
なってしまいました。
寂しいですね・・・ホントウに。


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