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「和算の大家、関孝和」

「和算の大家、関孝和」

大人の「上毛かるた」(44)

読み札(わ)・「和算の大家、関孝和」



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 孝和の偉業は集った多くの弟子によって
「関流」和算として継承、発展させられました。
なかでも真の後継者と呼ばれるのにふさわしいのが建部賢弘です。
 年少のころから兄賢明とともに
数学を学び始めた賢弘は、若くして関の門をたたき、
たちまちその才能を開花させます。


 彼の業績は
スイスの数学者オイラーに先駆けて、
円周率πを求める公式を発見したり、
円理を発展させて円周率を41桁まで求めるなど、
師と同様世界的なものでした。
 この優秀な弟子たちをえて、
晩年の関の仕事は彼らとの共同作業が多くなります


 賢弘の業績のひとつが、
兄と協力して孝和の数学を伝える数学書を編集・刊行したことです。


 貞享2年(1685年)には
孝和の主著『発微算法』を補う『発微算法演段諺解』を編集します。
『発微算法』が画期的な数学書であることはすでに述べた通りですが、
難点は、不親切でわかりにくいことでした。
傍書法や、演段法の説明すらありません。
関の偉業を伝えたいと願う賢弘は、
これに詳細な注釈を施して刊行します。

 幾多の業績を残した「算聖」とうたわれた関孝和も、
最晩年は病気がちで思うように、研究に専念できなくなります。
そして宝永5年(1708年)、病のため亡くなります。


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 弟子には恵まれた孝和も、
家族の縁には恵まれなかったようです。


 孝和の家族に関する資料はほとんど残されていませんが、
過去帳などからわかる範囲では、遅くに結婚し、
40代でふたりの娘をもうけましたが、不幸にも長女は幼少期に、
次女は10代半ばで亡くなっています。


 跡継ぎがいない関家が、
養子として迎えたのが、
弟・永行の息子新七郎でした。
孝和資料の散逸には、
この新七郎の不行跡が関与しています。


 孝和の死により家督を相続した新七郎は
甲府勤番士として赴任します。
赴任11年目、甲府城中の金庫から
大金が盗まれるという大事件が勃発しました。


 この事件の捜査過程で、
新之介が役目をさぼって他の番士と
博打をしていたことが露見してしまいます。
当然、重い処分を科せられ、関家は途絶えてしまいました
その際、孝和に関する資料も没収され、
散逸してしまったのです。

 孝和の死後、
彼の開拓した和算は、
弟子たちによってさらに高度な数学に発展させられ、
江戸和算の全盛期が築かれました。


 額や絵馬に数学の解法を記して、
神社などに奉納するという日本独自の算額の風習が広まったのも
こうした隆盛の反映のあらわれでした。


 しかしその和算も、
明治期にはいると洋算にとってかわられて衰退します。
それにつれて孝和の業績も
一部の研究者を除いて忘れられていきました。

 その孝和が、戦前の一時期、
にわかに復活したことがあります。


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 皮肉なことに、
国粋主義的な風潮のなかで、
世界に誇る大数学者として小学校の教科書に紹介されたのです。
こうした評価には、我田引水的な過大評価もありましたが、、
孝和の数学が世界的レベルにあったことは否定できません。


 かつては、日本には
世界的な数学者は存在しなかったというのが
通説になっていた時代です。
その理由は、公理から説き起こして、
抽象的な思考を厳密に進めるという思考スタイルが、
日本人には適さないからだ、
といわれてきたせいです。


 また日本ではソロバンが発達し、
計算に重きが置かれたため、
数学が理論的に発展しなかったのだという説もあります。
しかしこれらの議論は偏っているというだけでなく、
前提からして間違っています。


 日本には関孝和も、建部賢弘もいたのです。
ほかにも優れた数学者を数多く輩出しました。
江戸期には数学書がベストセラーになり、
西洋と同じ記号による数学が隆盛をきわめます。


 日本人は決して数学が嫌いなわけでも、
数学的思考が苦手なわけでもなかったのです。
孝和に、正当な評価を与える試みが戦後に発展しましたが、
その業績にはまだ、未解明の部分も多いのです。


 
 鎖国日本を代表する、知性の業績解明は、
まだこれからの研究課題です
和算そのものの、根源さえこれから解明される状態です


 世界レベルともいえるこの天才は、
日本の未来に、どんな公式を夢見ていたのでしょう。
いつの時代にも、想像をはるかに超える天才たちが存在します。

 野菜くんは、
数学はいまだに苦手です・・・
あの美人で、大学を卒業したばかりの数学の先生は大好きだったのですが、
公式を覚えるのが大の苦手で、
とても数式までは頭が回りませんでした。


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