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「白衣(びゃくい)観音、慈悲の御手」

「白衣(びゃくい)観音、慈悲の御手」

大人の「上毛かるた」(27)高崎市

読み札(ひ)・「白衣(びゃくい)観音、慈悲の御手」



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 高崎白衣大観音(たかさきびゃくいだいかんのん)は、
群馬県高崎市の高崎観音山丘陵にたつ大観音(白衣観音)像のことです。


 通称:「高崎観音(たかさきかんのん)」 。
高崎市のシンボルです。高野山真言宗慈眼院の境内に建っています。
白衣(びゃくい)観音と発音します。白衣(びゃくえ)とは読みません。


 1936(昭和11)年。実業家の井上保三郎によって建立されました。
鉄筋コンクリート製の大観音で、高さ41.8m、重さは5,985t。
原型は伊勢崎市出身の彫刻家・森村酉三氏が手がけました。
その原型を自転車で運んだのが、元首相の田中角栄だったという逸話があります。
しかし。真偽のほどは分かりません。


 観音山の山頂。標高190mの地点にそびえています。
建立当時は、世界最大の観音像でした。
胎内には20体の仏像が安置されていて、内部は9層に分かれています。。
最上階(観音像の肩部分)からは、高崎の市街地はもとより、
群馬の主要な山々や、八ヶ岳まで一望できます。


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 白衣観音は、三十三観音の一人に数えられている観音菩薩です。
大白衣観音、白衣観自在母、白処などと呼ばれます。


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 インドで古くから崇拝されていている観音様です。
仏教に取り入れられてから、阿弥陀如来の后とされ観音菩薩の
母とされています。


 曼荼羅に描かれた図形のものと、高崎観音に見られる
立像の2つの形があります。


 立像は、中国で発祥したと言われています。
1面2臂で頭から白い布をかぶり、白い衣を着る姿に特徴が有ります。
※一面二臂(いちめんにひ:顔が1つと腕が2本)の姿。
白衣(びゃくえ)は、僧が着る袈裟ではなく、在家が着る白い衣のことです。


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 丘陵を少し下ると、「カッパピア」と呼ばれる遊園地がありました。
いまはもう有りません。
役目を終えて、撤退してしまいました。


 第二次世界大戦後の復興政策の一環として1952年、高崎市が
「新日本高崎子ども博覧会」を開催します。
そしてこれが、大盛況に終わります。
その後。1961年、同博覧会の用地・施設等の経営を上信電鉄が引き継ぐ。
施設を整備して「高崎フェアリーランド」として再出発します。


 1965年まで、動物園も併設されていました。
1969年。園内にプールが設けられ、プールの名称を「カッパピア」とします。
プールの人気が高まり、やがて施設全体が「カッパピア」とよばれるようになります。


 1980年代初頭。タカラとのタイアップによる『こえだちゃんランド』を展開。
最盛期は年間60万人以上の来客者がありました。
しかし。バブル崩壊後からは入場者数は年々減少します。
少子化と娯楽の分散化により、1998年度には年間入場者数が、過去最低の
8万5000人を記録。その後も10万人台にとどまります。


 末期には施設の老朽化も著しく、存続が困難な状況になります。
2003年11月30日。42年間の営業に幕を下ろし、ついに閉鎖。
閉園時。開園当時から残っていた遊具は、海賊船の形をしたジャングルジムと
すべり台だけでした。


 まだカッパピアが健全に営業していたころ。
冬場。水を抜いたプールを利用して、学童たちの剣道大会が毎年開催されていました。
いまからもう、20年以上も前の話です。


 長男、二男、長女が、町の剣道場に入門しました。
私は柔道一筋です。
何がきっかけで子供たちが、全員そろって剣道の道へすすんだのか、
いまだによく分かりません・・・


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 ひょっとしたら、千葉で県知事をしている森田健作氏のファンだった
カミさんの陰謀かもしれません・・・
森田氏と言えば、知る人ぞ知る剣道青年です。
森田氏が夕暮れの砂浜で素振りをしている姿は、なぜか私も
鮮明に覚えています。


 観音山丘陵を市内方面から登り、観音様の足元を走り抜けて、
カッパピアの駐車場へ滑りこみます。
こども3人を乗せて、駆け付けたこともあります。
プールがコンクリートの床のため、剣道着の足元は動きやすいように、なぜか運動靴です。


 負けると、そのまま撤収になります。
後は自由時間です。
そのまま園内にとどまり、子どもたちを遊具で遊ばせたこともあります。
剣道着のままの子供たちが、あちことで歓声をあげます。
そうしたことが出来たことから、県内の子供たちには人気の高い
剣道大会だったようです。


 カッパピアも再生中。昔の面影は、もうまったく有りません。
少年剣士たちの良き時代の思い出は、いまはもう、遠い記憶のかなたです。


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 この冬。白衣観音様の小指から赤い糸が伸びました。
地元若者たちによる小粋な演出です。
観音様の丘に、縁結びの赤い糸が誕生したのです。


 慈悲深い観音様の小指と、自分の小指を結んで幸運を願う姿・・・
なぜか、絵になります。
しかし。ちょっと待ってください。


 私らたちのような古い世代は、カップルで此処へ来たことはありません。
観音様が焼きもちを焼くからです。
やきもち焼きの観音様は、恋人たちを見るたび、嫉妬で別れさせてしまいます。
群馬県人ならだれもが知っている、有名な「迷信」です。
観音様から伸びる赤い糸は、それを逆手に取った企画です。
逆もまた「真」なり・・・・ということでしょうか・・・


 小指の赤い糸をにっこり見下ろす観音様。
恋人たちをやさしく見下ろす観音様も、いいかもしれません。
観音様は、「慈悲の御手(じひのみて)」です。
いままで、ずいぶんたくさんの恋人たちを別れさせてきたため、
ついに観音様が、悔い改めたのでしょうか。
ふと「小指の思い出」というたいへん古い歌を、何故か思い出しました。


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