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「耶馬渓しのぐ吾妻峡」

「耶馬渓しのぐ吾妻峡」

大人の「上毛かるた」(36)八ツ場ダム

読み札(や)・「耶馬渓しのぐ吾妻峡(あがつまきょう)」



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 吾妻峡(あがつまきょう)は、
群馬県を流れる、吾妻川上流の吾妻渓谷のうち、
東吾妻町から長野原町に至る区間のことを呼んでいます。


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 地理学者である志賀重昂から
「関東の耶馬渓」と称された景勝地で、
1935年(昭和10年)12月には国の名勝に指定されました。

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 安山岩を中心とした火山砕屑層が
長年の浸食を受けて形成されたもので、非常に変化に富み、
一帯には奇岩と断崖が続き、無数の瀑布と深淵が連続する景勝地です。


 特に、川幅僅かに4メートル、深さ50メートルの深淵、
「八丁暗がり」は吾妻峡を代表する景勝地です。
他には弁天島、若葉台、屏風岩、龍頭岩、龍尾岩、大蓬莱、
小蓬莱、千人窟、栃洞ノ滝、白糸の滝などの景勝地も見られます。


 しかし、この一帯は八ツ場ダムの建設予定地です。
ダムが完成すると名勝指定区域のおよそ4分の1を
失うことになります。

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 もっとも、当初のダム建設予定では
この峡谷のほぼ全域が含まれていました。
後の自治体や地域住民などの反対運動により、
主要な景勝地である一帯は、
ほぼ保護される形で収まりました。


 しかし、吾妻峡だけでなく、
県下有数の温泉地でもある川原湯温泉の全域は、
水没してしまいます。
すでに取り付け道路も完成し町自体が、
代替え地の高台へ移転しはじめています


 八ツ場ダムの構想は、
半世紀も前から始まりました

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 民主党政権の誕生とともに、ダム工事中止の
「代名詞」として、そのやり玉にあげられましたが、
有る意味そのことを通じて、あらためて吾妻峡が
一躍「全国」に名を知られることになりました。
そしてまたその決着が、
今回の震災でさらに先送りになってしまいそうな気配です。


 ダムをめぐって・・・
ここは半世紀以上も揺れ動いている景勝地なのです

 吾妻川流域の多目的ダム建設計画は、
1949年(昭和24年)に、
当時の建設省によって始まりました

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 1952年(昭和27年)に発表された計画では、
当初は堤高115.0m、総貯水容量73,100,000トンの
ダムとして計画されました。
しかし支流の白砂川や、万座川から流入する強酸性の河水のために
吾妻川本流には当時の建設技術ではダム建設が出来ず、
いったん計画は凍結されました。
近隣への代替え案も検討されましたが、
すべてが不適合となり時間だけが推移します


 転機を迎えたのは、1965年(昭和40年)の、品木ダムや、
草津中和工場を中心とする中和事業・「吾妻川総合開発事業」の推進でした
吾妻川の水質が改善したことから
1967年(昭和42年)現在の地点にダム建設が決定します。

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 この頃の、
首都圏の水需要増大に対応するために
計画の規模を拡大して、
矢木沢ダム(利根川)・下久保ダム(神流川)
に次ぐ規模の1億トン級のダムとして事業が発表されました。


 だが計画発表直後から、
水没地域である長野原町において、
頑強なダム建設反対運動が発生しました。

 昭和40年代からの実施計画調査の結果、
地元住民の生活再建案調整などを盛り込んだ、
「八ッ場ダムの建設に関する基本計画」が、
1986年(昭和61年)から2000年(平成12年)までを
事業工期として策定されました。
これが「第1期」と呼ばれる初期の計画です。

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 その後、2001年(平成13年)の第1回変更で、
工期が2010年(平成22年)にまで延長されました(第2期)、
さらに2004年(平成16年)の第2回変更では、
建設目的に、流水の正常な機能維持が新たに追加されると同時に、
総事業費が2,110億円から4,600億円に増額修正されました。


 2008年(平成20年)の変更では
建設目的に発電が追加されると同時に、
工期が2015年(平成27年)にまで再延長されました。




 地名は八ッ場と書いて「やんば」と読みます。
由来については諸説ありますが、主な物は以下の通りです


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1. 狭い谷間に、獲物を追い込んで、
  矢を射った場所「矢場(やば)」が転じて、「やんば」となった説

2. 狩猟を行う場所に8つの落とし穴があったことから、
 「8つの穴場」→「やつば」→「やんば」となった説

3. 川の流れが急であることから、「谷場(やば)」が転じ、
  「やんば」となった説
  「やば」では短すぎるので、撥音を入れ調子を付けることで、
   発音しやすくしたのではないかともいわれている


 八ッ場ダムに関しては、
まだまだ賛否両論相互に入り乱れて、係争中です
仔細は後の機会に譲り、今日はこんな話題で締めくくりたいと思います


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 政権交代で注目され、
12月1日に発表される新語・流行語大賞の候補にも選ばれている
「八ツ場(やんば)ダム」が歌になりました。

 その名も「八ッ場エレジー」で、
シングルCDとして発売されました。

 詞を書いたのは、群馬県在住の戸塚一二さん(77)です。
「2、3年ほど前にダムの近くを通った際に思いました。
ダムが完成し、川原湯が湖畔で新しい温泉地としてスタートできたら、
すばらしい風景を詩にしようと・・・」

 しかし、政権交代で、
ダム建設は白紙になり、
近隣の住民はまたも翻弄される事態となりました。


 「50年の年月を重ねて一つになった住民の気持ちを今さら…」


 やりきれない思いから、
10月4日の夜、自宅で八ツ場ダム中止のニュースを見ながら、
一気に書き上げたといいます。
 歌うのは、クラブで
ポップスや洋楽系を中心に活動してきた
ベテラン歌手のコバヤシタカシ氏(29)。


 「気持ちが入りすぎて、
1フレーズを歌うのに何時間も掛かり、
100回以上歌いました。
おかげで詞が身体に刻み込まれました。
僕らの世代にも届かないと意味がないから・・・」
と語ります


 詞が含むのは深刻な状況ですが、、
だれの耳にもなじむ爽やかなメロディーに、
ロックとヒップホップのテイストです。

 多くの人々の心に届くでしょうか・・・
関心のある方は、同曲名で検索してください、
八ッ場の『今』が分かります。


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