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現代小説 更新中

安心の土つくり

安心の土つくり

土を蘇らせる

埼玉県、川越市で無農薬野菜に取り組んでいる農園のかたの話の抜粋です
新緑の山里と田んぼに植えられた麦の様子です

土は命の源



 食物のすべては土からうまれていく
その土から野菜が生まれる
その野菜の栄養も土から生まれる



土は自分の栄養を野菜に与える



 与えた栄養はその分、土からなくなってしまう
だから肥料を与えて栄養を取り戻す
その時に活躍するのは、土の中の微生物なんだよ
微生物は土に育ててもらっている反面、土に栄養を取り戻す働きもするんだ
ミミズも重要な働きをするな



ミミズがいる土はいい土だ

牧草地です



 昔は、土に感謝する習慣があった
自然そのものに感謝しておった
ところが今は、感謝するどころか、土からむしり取ろうとしている
農薬ををいっぱいかけてな
それで土が痩せると、化学肥料をだーってやるだろう
それでも土は文句をいわず、せっせと我々のために栄養を送ろうとしている




百姓は、土に感謝するところから始まる



 あんたは、土に感謝しているか?
食べるものに感謝しているか?

 農業就労者の平均年齢が、65歳です
このおじいちゃんは、70歳半ばをすぎているのです。
安全と安心の土作りの「原点」を象徴するはなしとして紹介しました。





有機の土つくりへの提言。

土は死んでいる?

5月の田んぼと里山の新緑です。この一帯の田植えは遅く、6月になってからが一般的です

死んだ土を生きた土へ



 農業の近代化が押しすすめられる今日、
一方では土作り運動の提唱が全国的な広がりを見せており、
今日までの多肥多薬農業に対する反省が少しずつ強まって来ています。


 日本は多肥多薬農業をもって
生産性を世界有数のものとする一方、
世界に名立たる薬害天国の汚名も負っています。

 今日、土作りが叫ばれてはいますが、
これまでの多肥多薬農業は農地本来の地力を低下させ、
残留農薬の毒性は人畜・微生物に大きな脅威を与えています。
ひいては自然界にも大きな変化をもたらしているのです。

 
 農地の荒廃、地力の低下は、
酸欠土壌の出現と病害の発生という二次公害を引き起こしています。
その原因の分析は各地で論じられてはいますが、
農地としての“生きた土”に対する科学的な考察に欠けています。

 今日の土作り運動の真のあり方について、
更にはその実践において農家一人ひとりの自覚と、
生きた土に対する科学的知識の向揚が望まれるところです。

 

農業3原則とはなにか



 20年ほど前から
土壌微生物の普及研究を推進してきた私の理論は
自然科学的なものであり、
現在の農業理論は科学的なものであるといえます。


 農業とは単に光、水、空気の三原則では有り得ません。
そして今日までの三原則の誤った方向性が、
今農業に土作りを叫ばせなくてはならない危機状態を生み出しています。


 現在、日本各地で赤潮が発生し、
河川にはヘドロが堆積し、多肥多薬農業の結果
著しく低下した地力に対する無理解な有機質の多投は、
酸欠という新たな二次公害を引き起こしています。


 この様にまさに危機に瀕した今日の農業の姿は、
自然界の科学的構造を無視した結果です。
 「土は生きている」という諺があった様に、
昔の農業には今日の様な問題は起こってはいませんでした。
 かつては、生きた土の上で自然に逆らわない農業が
なされていたからこそ「百姓は馬鹿でも出来る」
といったことが言われていました。

 早く馬鹿でも出来る土にかえすことです。
それが土作りだと思います。
 そのためには“生きた土”とは何かということを
科学的に知る必要があります。


 昔より収量が上がったということのみから、
化学的に進歩したように考えがちですが、
今日の日本農業は品質改良によってのみ支えられているのが現状です。
化学肥料も文明の利器であり、農薬もまた
使用のしかたによっては有益な結果を出すことが出来るにしても、
万能ではないことに気付くべきです。


 私の申し上げる
農業五原則とは自然科学の原則に基づくもので、
光と水、空気、生物、無機物であり、
すなわちこの地球上に存在し農業にとって重要な働きをするものです。


 今まで農業は光と水と空気があれば良いとされ、
NPKのみが肥料であるように考えられてきました。
 土の中より新しい生命体を育て上げるという農業本来の
大きな使命を忘れ、NPKと農薬とで作物は作られているような
錯覚に陥っていたのではないでしょうか。

農業に必要な有機質とは



 川の中や土の中に棲息する微生物は、
有機物や化学肥料を植物の栄養に変える働きをするものです。
現在の農業は地力増強のため安易に有機を投入していますが、
有機物が土の中で腐るという現象は
すべて微生物が土中で行う生物燃焼によるものです。


 大気中で物を燃やすことを酸化燃焼といい、
物が腐ることを生物燃焼といいます。
どちらも大量の酸素を消費し、炭酸ガス等の有害ガスを発生します。

 現在農地に多発するガス障害と酸欠は、
その原理によって二重に発生し、
作物の呼吸作用に大きな障害を起こしています。


 農業に於ける有機質とは何かということを
根本から考えなくてはならないでしょう。
何故昔からノコクズ、藁などは堆肥と区別されていたのか、
何故手間を掛けて堆肥化がなされたのか。
それは長年の経験から割り出された
科学ではないでしょうか。


 「未完熟な堆肥は根腐れする、下肥も良く腐らしてから使え」等と、
口伝えに子孫に残された長年の経験が
その理論を作り出したのでしょう。


 現在、有機は土の中でやがて分解して堆肥になるという
良い面だけが考えられ、その有機が土の中で
どのように分解されて植物に吸収されるか、
その解明は殆んどなさていません。

 投入された有機は
土壌中で酸素を奪い植物にとって有害なガスに分解され、
土中空間に充満し植物の根の呼吸作用を防たげ、
光合成によって作られたグリコースの酸化燃焼に必要な
酸素を先に消費してしまいます。


 昔から藁は土の表面に敷き藁として利用されていますが、
それは分解された有機物は水に溶解して土中に送られ、
発生した有害ガスは空気中に放散させることによって障害を少くする
一つの知恵でもあったのです。



 
 一般に有機質といっても、
それすなわち、農業に有効な有機質というわけではありません。
ただ単に有機を入れれば良いという考えは大変危険です。


 では農業に有効な有機質とは何かというと、
土中にて嫌気性分解しない微生物分解が完了したもので、
炭素指数が6以下であり有害ガスを発生しないものです。
 つまり、メタン硫化水素、炭酸ガス、リグニンなどとなって
分解していく過程にある有機は農業的に有害なのです。


 昔は何故手間をかけて堆肥を作ったか。
それは以上の様な欠点をなくすために必要だったからです。
つまり堆肥とは有効有機質に好気性微生物が変態して
有機質プラス微生物となったものです。
この様に有機質に大量の有効好気性菌が繁殖した
有機と有効微生物混合品が昔の堆肥なのです。

酸欠の危機


 
 酸欠土壌の問題にしても、
ただ単に土の中に空気を入れてやれば良いわけではありません。
自然界の酸素の供給は植物の作る量が30%、
水中で発生するものが70%とされています。
 つまり植物に対する酸素の供給は大部分が
微生物、単細胞類、水藻類が炭酸同化作用を水中で行うか、
または地表に於いて炭酸同化作用をすることによって
大量の酸素を水中に溶解させ、その水が土中に浸透することにより
植物の根に酸素を供給しているのです。


 その酸素を作る単細胞も微生物であり、
有機質を分解するものも微生物なのです。
この様に土や水の中の微生物はあらゆる形で農業そのものに
大きな貢献をしています。


 この偉大な自然界の働きを無視してその働きを破壊したならば、
自然界に大きな脅威が起こるのは必然です。
それが土の悪化ではないでしょうか。
除草剤で草を枯し同時に酸素を作る単細胞も死滅させ、
農薬によって有効微生物も死滅させる現在の多肥多薬農業は、
日本中の農地が死の土と化す危機性があるのです。

 ちなみに除草剤の力は
地表1センチの間で効力を発揮するとされていますが、
実はその地表1センチの土の中にこそ、
植物に一番必要な栄養や酸素を作る工場群があるのです。


 私達動物は口より物を取り入れて
胃の中で消化し腸で栄養を吸収します。
そしてその栄養を肺から取り入れた酸素で燃焼させて
エネルギーとして活動します。

 その私達の胃腸の中にも微生物が存在し、
口より取り入れた食料を分解し、水溶性としています。


 もし私達の胃の中に
分解酵素の様な微生物がいなくなったらどうなるでしょう。
口から入れた食料を分解することなく
そのまま排出するようになることでしょう。


 動物は胃袋を体の中にもっています
植物は胃袋を体の外に持っており、それは土であり
その土の中の土壌微生物が私達の胃の中の微生物にあたるものです。
あらゆる微生物がその中でお互いの役目を果たすことにより
発生する代謝エネルギーが次の生物のエネルギーとなり、
そのエネルギーは次の生産のエネルギーとなって
自然界は回転しているのです。

もしも微生物がいなくなったら


 
 もし微生物がなくなったら
どういうことになるでしょうか。
酒がこの世からなくなり、味噌・しょう油もなくなり、
漬物も出来なくなり、田畑の植物も腐らなくなり、
一切の物が腐らなくなり、
昔から言われる“土にかえる”という諺もなくなるでしょう。


 なぜ昔から“土にかえる”という諺があったか。
それは微生物の働きで分解され土になっていたからです。
それは皆、土壌微生物の働きなのです。

“土にかえる”“土は生きている”といった昔からの諺は、
土の中に目には見ることの出来ない生命体があり、
それが大きな力をもっているということを
知らしめたものではないでしょうか。


 他にも“大水が出ると豊作になる”
“流れ川三尺清い水”……等、
数え切れないほどの諺の意味するところは、
昔からの尊い科学なのです。


 私達がまだ幼い頃、
田畑には下肥がまかれ、学校の農業の授業では
友達と糞尿をかついで撒布したことを記憶しています。
 その頃は農薬も少なく、川にはメダカが群遊し、
その川の水藻にはエビが無数に泳いでいたものです。
すなわち川が生きていたといわれる時代です。
何故その川が死んだのでしょう。

川が死んだ、土が死んだ……



それは“原生動物群”の原理がなくなったからです。
“流れ川三尺清い水”とは
川が1メートル流れることによって浄化されるという原理です。


 川の水の中には大量の微生物が生凄しています。
その原生物群は水中に溶解した汚物を
栄養源として食べて浄化しているのです。
 その原生動物群は
1立方センチの中に300匹以上いるといわれています。
その生物群もエビも、一切の生物が死滅してしまった現在、
川の浄化は誰がするのでしょうか。


 同じ様に土の中にも
1立方センチの中に昔は3億の微生物が棲んでいたものです。
その微生物は空気中より窒素を土中に取り入れ、
投入した魚粕等の有機質を分解し自分達の栄養として利用し、
その代謝エネルギーは植物のエネルギーとなって
再び地上にもどり私達の食料となり、
大樹となって自然のサイクルを形成しているのです。

 土の中には1グラム中1億5000万~3億の
生物が棲んでいる社会があります。
そのミクロの社会のあらゆる種類の生物が自分の分野に
於いて責任を果たし秩序を守り自然界の一員として
務めを果たしていたものが
“生きた土”だったのではないでしょうか。


 現在私達人間は
微生物の社会にどんなことをしているでしょう。
栄養を与えず、ただ化学肥料と毒薬のみを与え生命体を殺し、
土中の社会に変化をおこしているのが事実なのです。


 団粒構造とは、固層、水層、気層から成ります。
気層とは空気層のことですが、
それが現在ではガス層と変わっているのではないでしょうか。
その一つを考えても現在と昔では
有機質に対する考え方が変っているのです。


 よく私はこんな例えで有機の説明をします。
「貴方は鶏の水炊きを食べますか」と問います。
殆んどの場合、食べるという答えが返ってきます。
そこが間違いなのです。


 鶏の水炊きを食べると食中毒を起します。
鶏とは生きたままの名称であり、
毛が生え腸にはその糞をもったままの生物なのです。
それをいきなり水炊きすると
糞も毛も一切が水炊きされることになります。


 それが鶏の水炊きであって、
私達の食べている水炊きは“かしわの水炊き”なのです。
かしわは鶏の毛をむしり腸をとり害になる物をとり除いて肉となし、
私達の栄養となる様に作られた物なのです。
鶏がかしわになるためには人の力がいるのです。




 同じように、
化学肥料が作物の栄養になるためには自然界の大きな力が必要です。
硫酸アンモニアが硝酸態窒素となるためにも
硝酸バクテリアの力が必要なのです。
あらゆる微生物の働きによって植物の栄養が作られています。
昔作られた堆肥もその一例なのです。
その堆肥の原料が藁であり有機物なのです。

土作りとは“土は生きている”という考え方



 土という鍋の中で
同じ様に鶏の水炊きが出来、
その害毒が植物に食中毒を起さないようにすることが、
有機の選択ではないかと思います。


 現在使用される有機物(堆肥)とは、
畜産堆肥がその80%を占め、その殆んどが未分解有機物です。
それらを水洗いすると、殆んどがノコ屑であり藁の状態です。
堆肥とは前にも述べた様にノコ屑でも藁でもなく、
そういった原料が微生物によって分解された物であり、
発酵の際に出る高温により有害菌が死滅した物質なのです。


 現在の農業と昔の農業の違いは、
土の中に棲んでいる微生物に対する考え方の違いではないかと思います。
昔の農業は化学肥料の様な文明の利器もなく、
ただ土壌微生物の働きに頼っただけの農業だったのです。


 現代の農業とは、
文明の利器を利用して昔の土を作ることではないでしょうか。
それには良く発酵させることを忘れず、
未完熟な有機をそのまま使用しない様に心がけなくてはなりません。
そうすることで増収につなげることが土作りだと思います。


 土作りとは“土は生きている”という考えで
土の中の生命体を大切にすることではないでしょうか。
一言で言えば昔の土に返すことであり、
やたら物質を投入することなく、
昔の土とは何であるかを知ることが大切です。

 
ビニールハウス越しに見えるのは、赤城山です


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