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つわもの達の夢の跡 (1)早期退職の朝

つわもの達の夢の跡 (1)早期退職の朝

つわもの達の夢の跡 (1)早期退職の朝


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 立ち止まる事もないだろう。
ましてや、涙ぐむなどもってのほかだ・・・そう思い込んでいた男が、
小脇に花束を抱えたまま、不本意に、思わず、守衛門で立ち停まってしまいます。
男の名前は脇屋勇作、58歳。


 時刻は、午前9時を少し回ったばかりです。
いつもなら忙しく現場を駆けまわる時間帯なのに、今日はそれもありません。
毎朝、通い慣れた通用門を、一時間足らずで逆戻りです。
16歳で日野学校に入学して以来、42年間、一貫して製造現場で過ごしてきた男が、
早期退職で、ついに職場を去る朝がやってきました。


 「ご苦労様です。主任!」


 いつものように敬礼を見せる顔見知りの守衛に、軽く頭を下げ、
男が無言のまま通り過ぎていきます。


 (おおかた、どうせ夜勤明けだとでも思っているんだろう。
 俺が今日で早期退職をする最後の朝だとは、まったく知らないようだ。
 くどくどと、説明するのは面倒だ。
 明日からは、俺にとって、縁もゆかりもなくなる工場と守衛の門だ。
 すいっといつものように出て行って、そのまま永久にバイバイをすれば、それでいい)


 また明日な、とでも言うように、片手をあげた男が守衛門を後にします。
数千人が働いている工場で、ひとりやふたりが退職をしていくのは日常の光景です。
工場の方を向き背中を見せている守衛に、『世話になったな』と男が口の中でつぶやきます。


 守衛門を出ると、2車線の広い通りに突き当たります。
大型トラックのエンジンを主に生産している工場からは、ひっきりなしに搬送のトラックと
部品を運ぶ下請けの車が、交互に、切れ目なく忙しく出入りを繰り返します。


 (この光景も今日で見納めになる。搬入口の渋滞の苦情も明日からは他人事だ。
 日野の専門学校に入学したのが、中学を卒業したばかりの15歳。
 即戦力とちゃほゃされながら、現場を転々としつつ、気がついたらあっという間の40年。
 58歳で会社を辞めて、手にした退職金は1千万円と少し。
 2千万円を軽く超えると言う、弱電業界の待遇から比べてたら半分以下だ。
 だがまぁ、ひとり者ということを考えれば、そこそこの金額だ。
 ぼちぼち使えば、2年や3年は遊んでいても大丈夫だろう・・・・)


 2車線の通りを東に向かって500mほど歩いていくと、最初の交差点にぶつかります。
その角にある修理工場に、男の最初の足跡が記されています。
男が東京にある日野本社の工場から、開設されたばかりの群馬県の新田工場へ
はるばると赴任してきた際に、最初に世話になった縁が残っています。


 30年前に開設をされた新田工場は今と異なり、何処までも続く田圃のまっただ中に
コンクリートの匂いも新しく、ポツンとして位置していました。
途中から天候が変わり始め、12月の半ばだと言うのににわかの雪に変わります。
激しく降り積りはじめた雪のため、車道も田圃も一面が真っ白に変わってしまいます。
すべてが白い平たん地に変わり、道も定かに確認できません。


 案のじょう、入口にあたる交差点で男の車が横滑りをおこします。
ハンドルを切ったものの、勢いに負けてあっけなく田圃へと滑落をしてしまいます。
最初に救援のために飛んできたのが、交差点の角にある修理工場の店主です。
以来、此処の店長とは長いつき合いになります。
早期退職のこの日の朝も、仕上げを頼んでいたキャンピングカーの引き取りのために、
最後の出勤をすませた男が、馴染みの道を逆戻りしていきます。


 (2)へつづく




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