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東京電力集金人 (1)今日も電気を切りに行く

東京電力集金人 (1)今日も電気を切りに行く

東京電力集金人 (1)今日も電気を切りに行く


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 何処にでもあるような、人口10万人の田舎町。
唯一の地場産業だった繊維業が衰退して以降、すっかり寂れちまった俺の生まれ育った街。
活気を失い寂れてしまったこの町が、今の俺の仕事場だ。
今日もまた重たい気持ちを抑えながら、脚立を担いで指定された現場へ向かう。


 なりたくて、こんな仕事についた訳じゃない。
3.11の福島第一原発の事故以来、東電関係者にたいする風当たりが一気に強くなった。
当初は事態を甘く見ていたが、事故の深刻さと、放射能の拡散情報が明るみに出るたびに、
東京電力への不満と不信感が、おおくの検針員と集金人たちにぶつけられた。
その結果、想定をはるかに上回る欠員が出た。
コンビニでバイト中の俺のところにも、集金人にならないかという話が舞い込んできた。
客に頭を下げ続ける毎日にうんざりしていたところだ。俺は2つ返事で飛びついた。
だが東電の電気料金集金員と言う仕事も、やってみれば楽じゃない。


 電気料金といえば、銀行口座の引き落としが相場だろうって?。
甘いなぁ。大部分の契約が、払う側も受け取る側も簡単で便利な、銀行口座からの
自動引き落としになっているが、それとは別に、東電から委託を受けた集金員が、
電気料金を回収に行くケースがある。
だが、なんでもかんでも、いきなり問答無用で電気を切るわけじゃない。
滞納している電気料金を、電気を切る前に回収に行く。
督促状の最終期日を超えてしまうと、強制的に電気を切る事態になるからだ。
気がすすまないが、今日もこれから脚立を担いで、電気を切るために
指定された『仕事場』へ出向いていく。


 場所は歓楽街の裏手で、山手の路地奥に建てられている安アパートだ。
狭い階段を上っていくと、2階の通路はビール瓶のケースや黄色いゴミ袋が散乱している。
まるで俺の行く手を阻むかのように、うず高く積まれている。
目的の部屋の前に着いたが、いきなり電気を切るわけじゃない。


 まず、中に人がいるかどうかの確認をする。
チャイムを鳴らして内部からの反応を待つ。物音がなくても、念のためにもう一回鳴らす。
耳を澄まし、細心の注意で内部の物音を聞く。
まれに内部に人が居て、『どなたさまですか』と現れる場合がある。
『電気を切りに来たのですが、今から払ってくれれば回避することができます』
と用件を手短に伝える。
この時点で(満額でなくても)入金をしてもらえれば電気を切らずに済む。
俺のメインの仕事は電気料金の回収だ。
電気を切るのは相手の対応がない場合だけに限られている。


 送電停止という強硬な事態に至るまでには、いくつかの手順が有る。
支払期日を経過しても支払われない場合、1回目の「お支払いのお願い」という書状が東電から届く。
最初の軽いジャブで、『警告』みたいなものだ。
支払期日をさらに20日経過すると、今度は『停止予告』と言う本気モードの警告が届く。
本気で出したこの最終警告に応じない場合、強制的に電気を切ることになる。
電気を切るのも、集金人としての俺のもうひとつの仕事だ。


 少し待ったが部屋の中からは、なんの反応も物音もない。
送電停止作業そのものは簡単だ。
外部にある電力計の接続を2本、ポンポンと本体から外すだけでいい。
ブレーカーを落とさなくてもできる外部からの簡単な作業だ。
これで電気は一切、室内に通じなくなる。


 『終わったぜ』と脚立から降りるとき、ドアに張られている黄色い表札に気が付いた。
夏川るみ。珍しい名前だ・・・どこかで聞いたような名前だと思ったが、
そのときはまったく思い出すことができなかった。
ただ、こんなおんぼろアパートで、ドアに女の名前を表記するなんて不用心すぎる。
どんな女か知らないが用心したほうがいいぜと、少しばかり気になった。


 いずれにしても、今日はこの電気を切る仕事でおしまいだ。
電気を切る行為に、最初のうちは抵抗のようなものが有ったが、慣れてしまうと麻痺をする。
安酒をあおり誤魔化してきた昔もあるが、いまでは平然と冷静に電気を切る。
半年前までは、『やりきれないなぁ』と居酒屋のカウンターでぼやいていた男が、
『一軒片づけてきたぜ!』と、なんの感傷も持たず、当たり前のような顔で安酒をあおる。


 いつもの居酒屋のBGMは、今日も演歌が流れていた。
初老を迎えた居酒屋の大将の趣味は、仕事中に有線放送で古い演歌の曲を聴くことだ。
そのうちに、よく透き通る声の、女性歌手の歌が流れてきた。
♪~古いアルバムめくり、ありがとうてつぶやいた いつもいつも胸のなか・・・・
透明な声で、切々と歌い揚げる失恋の歌だ。涙そうそう?
たしか沖縄出身の、夏川りみという女性の歌手だ。


 なんだ。こいつの名前と一文字違いか、と理解した頃にはすでにすっかりと、
いつものように、だらしなく酩酊をしている自分がそこに居た。


 (2)へつづく




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